何者にもなれるきみはアイドルになる
とてもとても頑張っている友だちがいて、その子と別れる時にいつも「あったかいもの飲んで過ごしてね」って言葉が自然に飛び出る時、私の中になすくんがいるって思う。
頑張ることを冷笑しがちな知り合いがいて、それに声を張り上げて「でも頑張ることってかっこいいじゃん!」と言う私の背中を、なすくんから貰った言葉たちが後押ししている。
私、未だに5滴ほど垂らすって説明のあるスキンケアオイルを、必ず6滴垂らしてしまう。澄んだ涙みたいにぽとぽと落ちるそれを慎重に手のひらに落とすのは、なんだか祈りに似ている。
なすくんって、キラキラしている。
私には遠く及ばない運命の舞台の上で踏ん張って、ダイアモンドに負けないきらめきを振り撒くなすくんはいつだって眩しい、眩しい特別な男の子だ。
でも、なすくんを思い出す時の気持ちって、キラキラもするけれど、何よりいつだって心に寄り添うみたいにあったかいのだ。なすくんって本当にあったかい。だからなすくんを好きでいる私は、いつも大きな光を飲み込んだみたいにぽかぽかして、それはしみじみとするようなあたたかさで、今とてもあったかい胸の真ん中のこのあたりに心ってあるんだなあとか思ったりするのだ。
なすくん。大好きな大好きな素敵なアイドルの男の子。
お誕生日おめでとう!
もう24歳なんだね、素敵な大人になっていくんだねえ。
最近お友だちと話していた時に、「コーヒーにミルクを注いであげたいのが私の愛かも」と教えてくれた。私はそれに、「私は夜にホットミルクを淹れてあげたいのが愛かなあ」って答えた。
愛って色んな形がある。見守る愛、寄り添う愛、声をかける愛、手を離す愛。そのどれもが選択で、そのどれもが愛で。
でも世界中のそういう愛、ありとあらゆる愛全部がなすくんに届いてほしいと、そう真っ直ぐ思えることが私は嬉しい。そういう愛に出会えたことが、そういう愛を感じさせてもらえたことが嬉しい。
なすくんはスーパーキラキラアイドルなので、私の目の前に現れて私にホットミルクを淹れてくれることもなければ、私の衣食住を守ってくれたり、私の病に駆けつけてくれたり、私の連帯保証人になってくれたり、私の人生に責任とってくれたりなんかもちろんしない。私はなすくんが大好きだけど、物理的にはなすくんはいつだって私のそばにはいない。
でも、貰った言葉が暖になる。柔らかな表情がさみしい夜をほどく。真っ直ぐ光る背骨が私の芯を支え、世界が変わっても努力を続ける姿が私の曇りがちな目を晴らす。冒頭に書いたように「ああこれはなすくんから貰ったものだ」と気が付くものから、もう無意識になりすぎて分からないくらい小さな小さな思考のうねりのくせにまで、気が付けばなすくんはいる。
そうして、手渡されたものを返すように私が誰かに差し出すホットミルクのその湯気の中に、なすくんから貰った愛が混ざる。
抽象的すぎて困っちゃうね。困っちゃうくらい、もうそういうところにまで溶けてしまった。
去年、物理的に春夏秋冬現場がある環境が変わったので、今までで一番なすくんに会わなくて、でもそんな気が全然しなくて、凪に近い心は諸々の状況もあり正直冷めてしまったのかなとぼんやり思った日だったあったけれど、そういうことじゃないんだなあと1年回った今ならわかる。
「ずっと好き」とか「ずっと一緒」って、これかあ、としみじみ思う。
どんな風に好きだとか、どんな風に苦しくて愛に泣いたとか、そんな感覚を思い出せないくらい遠くに来たって、もう私は一生「なすくんを好きになる前」の世界には戻れないのだ。ずっと、ずっと、なすくんに出会ったあとの世界を私は生きている。
なすくんを好きになってから、私は2回転職したし、人間関係も何人か変わったし、家族は数人亡くなって数人増えたし、習い事は2つやめて1つ始めた。そんな時間を過ごす中で、なすくんにだけ永遠に同じ舞台、同じ場所を求めるのって、すごくすごく勝手なのかなぁと思う時もある。
でも、なすくんはいつだって私に変わらない夢を語ってくれて、大きな変化があっても見据えた目標を手放さずに光っていた。そんな姿を見ると、私もたくさん変わったけど、もっともっと大きな目で見たなりたい自分とかたどり着きたい人生は変わっていないのかもと気が付く。そういうことも、いつもなすくんが教えてくれる。
もうたくさん頑張っているって知ってる。
勝手なことも、消費なことも、全部全部わかってる。
それでも私はなすくんを信じている。なすくんに夢を見て、なすくんの掴む星を信じている。
いつまでもいつまでも信じているから、大きな声で頑張れという。それに潰されない彼であることごと、信じてペンライトと言葉を振りかざす。
信じるって、すごいことだ。
どうしてなすくんを信じられるか、言葉にしようと思えば理由を並べられるけれど、そういう理屈を越えてただ直感的に「信じたい」と思える、この「信じたい」こそ信じるの源なのだと思う。
私は今も、なすくんを信じたい。なすくんはデビューして、おじいさんも子どももにこにこ笑って手を振りたくなるアイドルになって、光の真ん中に立つ。
なすくんがね、幸せなら良いんだよって、心から思ってる。きみの未来は無限だから、何者にだってなれるから、どんな未来を選んでも光のとこにいられるから、なすくんが幸せなら本当は何になったって良いよ。ここに居続けなくても、新しい夢を見ても、選んだ道はなんだって正解なんだよ。そうずっと思っているし、今もそれは思う。
なすくんはね、本当に本当に、何者にもなれるんだよ。
でも、それでも、今精一杯頑張っているなすくんに、心からの信じるを込めて私は言います。
必ず何者にだってなれるなすくんが、それでも「みんながいないと何者にもなれない」なんて苦しい言葉をまっすぐ放つくらい、この道を選ぶなら。
デビューしましょう。
一番大きく光る星になって、東京ドームの真ん中で光って。事務所の伝統全部抱きしめながら、誰よりも新しい光を見せて。選んだものすべて伏線になって大団円になる、世界一幸せなアイドルになって。みんなに押された背中でなすくんが何者になるのか、その光で証明して。
それはきっと叶います。
叶うことだけど、今こうやって願いを託せること、信じたいと思えたことが、もう何よりも物凄いことで。この先の未来が、選んだものがなんだろうと、「心から信じたい瞬間があった」ことが、きっと永遠に私を照らす。美 少年にも、今もそう思っている。私はこれからもずっと、「美 少年に出会ったあとの世界」に生きている。戻らない、消えない。今も足元にはミラーボールの反射が光っている。
がんばれ、なすくん。がんばれ、がんばれ。
私も頑張るね。
一生懸命走ったその先、みんなでてっぺんで祝祭みたいに光って出会おう。
本当に本当におめでとう。24歳、24歳だよ〜〜!!今ですらかっこいいのに、きっともっとかっこいい素敵な人になるんだろう。未来無限大すぎる。
生まれてきてくれて、生きててくれて嬉しい。結局原初の幸福はそこに返る。生まれて、選んで、生きてきてくれたこと、その全部が尊くて嬉しくて愛しい。
ほんとにほんとにおめでとう、たくさんたくさんありがとう。
24歳のなすくんにもたくさんのたくさんの幸せが振り注ぎますように。苦いコーヒーにミルクを注いでもらうような柔らかな幸福が、寒い夜にホットミルクを差し出されるような優しい幸せが、ありとあらゆる愛が毎日、いつだってなすくんのそばにありますように。
あったかくして過ごしてね、幸せでいてね。
なすくんが笑顔でいてくれることで、私の毎日は晴れになる。
「誰かのために生きたって君は君だよ 笑って、笑って、笑って」
そう歌って笑った姿に、私は今も人生を照らされている。
笑って、笑って、幸せでいて。
何にだってなれる百通りの未来の中から、アイドルを選んでくれた、そんななすくんが大好きです。
星の名前はいくつもある
なすくんの誕生日に月の土地を買った翌年、今度は星の名前をつけられるサービスを使って星を買いたいなと思った。
けれど、調べてみると別に星が買えるわけではなく(当たり前)ただ好きに名前をつけていて良いよ〜という形に近くて、なすくんの名を模した星が他の人の星や名前と共有されるのは唯一無二じゃないから解釈違いかもしれない……と思って断念したのだ。怖。
でも、今はそもそも、有名な星にだって違う名前があって、国や人や時代によって結ばれる星座も、神話の内容だって違うんだよなあとしみじみ思う。
当たり前のようで、不思議なこと。
遠くの光に思いを馳せて、それぞれの物語を描いて、胸にしまうこと。
あっという間に年末ですね。いかがお過ごしですか?
なんて聞かなくても、少しだけ分かり合っている。
ねえ、私たち、1年頑張ったね。それぞれの悲しみを、それぞれの苦しさを抱えて、溺れて、沈んで、でも「好き」を浮力にも重石にもしながらここまで泳いできた。たくさんたくさん、泳いできたねえ。それぞれみんな、みんな、頑張ったよねえ。
春、一曲目が鳴った瞬間、なすくんが目指したいアイドルは、受け継ぎたいものはこれなのだ、ずっとずっとそうなんだって痛いくらい伝わってきて、「もう一度好きになってもらえるように」なんて、何一つ彼らが言う必要がなかった祈りをパフォーマンスで贈られて、私は彼らじゃなくてその後ろにいる得体のしれない大人にずっとずっと怒っていた。好きな光だった。5人とも素敵だった。だからこそ、私はずっと世界に怒っていた。
夏以降、思ったよりも凪いでいる心でなすくんを見つめながら、余生のようだわ、とぼんやり思った。
何度も何度も書くように私はなすくんを好きになった日からお別れの準備を心の端っこでしていた臆病者だから、その悲しい成果もあり、そして恐らく加齢もあり、私は生きる気力を失って仕事を休むこともなく、ネットに昼夜張り付いて怒りを吐き続けることもなく、リア友に「辛すぎる」と言って泣き叫ぶこともなく、本当にぼんやりと余生を過ごしていた。
今も心は、風通しの良すぎる部屋に住んでいる。大きな穴があいて、そこから風が吹いていて、それでも日常は続いていく。
それでも、時々、涙が出る。そういう時、苦しいのに、「好き」の証のように思えて大切にしたくもなる。
いっそ出会わなければ良かったなんてドラマ的な思いは、私は抱かなかった。何度生まれ変わっても、この結末を知っていても、私は日比谷になすくんに会いに行く。6人のことを大好きになる。物凄く大きな光を、救いを、好きを貰ったから、どんなに苦しくても私が得た幸せな8年間は絶対に消したくない。というか何もしてない、なんにもしてないのに、触れてはいけないことみたいになって良いわけない、なかったことにしちゃいけないくらい素敵なものを、幸せな時間を私はもらった!この事実は誰にも自分にも消させない!それが答えだった。それなら一緒に抱えたまま、傷だらけのまま泳ぐしかなかった。
美 少年がこんな風にいなくなる世界なんて解釈違いだ。でも、美 少年から貰ったものをなかったことにする人生は、自分は、もっともっと解釈違いだった。
真面目に努力することは、どれだけかっこいいことか。
面白い激しさがなくてもお互いを尊重することは、どれだけ柔らかいことか。
好きや夢や良いところをまっすぐに伝えられることは、どれだけ強いことか。
「王道」が一番難しくて、でもだからこそ貫く意志がどれだけ眩しく光ることか。
なすくんを好きになったおかげで、とてもとても綺麗な光を私は浴びた。
悲しいね、みんなみんな、悲しくて、やるせなくて、腹立たしいね。
私はなすくんが好きだ。大切だ。だから、なすくんたちに言葉の矢が振り注ぐと痛いし悔しい。
でも、もうこんなにみんなが等しく悲しい状況で、誰がより恵まれてるだとか、逆に誰が可哀想で、報われなくて、他に物申す「権利」があるだとか、そんな競争で勝ったって何も嬉しくなかった。
前向きでいると受け止められていて偉いとか、逆に悲しくないなんて好きが足りないとか、後ろを向いていると亡霊だとか、そこに「これが正しい」なんてどこにもなかった。だからいつまでも決着がつかず、私たちはみんないつまでも傷つけ合って悲しんでいた。今も。
言葉は難しい。何かを褒めると、他の何かを否定してしまうような形になってしまうことがある。
私、今も美 少年が好きだ。それは他のものと比較してというよりは大切な宝物、単体として存在する確固とした好きで、別に今のなすくんを否定しているわけじゃない。なのに、大きな声で何故だか言えなかった。
でもね。
冬、藤井くんの舞台を見て、昔のアーティストを愛する彼らを見て、少しだけすとんときた。
今はもういないアーティスト、解散したアイドル、大昔に亡くなった作曲家の音楽を愛しているのは、この世にありふれた普通のことだったのだ。私はムーンリバーが大好きで、宝物にしている。それは何も過去に縋っていない。私の親戚は未だにベイ・シティ・ローラーズの大ファンで、でもそれを誰も亡霊なんて言わない。織田信長に感銘を受けたなすくんは、なんにも古臭くない。
状況が違うんだからちょっとずれたことを言っているなんて、そう言われたらそうかもしれないけれど、でも私にとっては同じことだった。
私は今も美 少年を好きでいて良いのだ。ほんとに、本当に、当たり前のこと。
今はきっと、後ろ向きに見えちゃうよね。実際、後ろ向きではないと言われたら微妙なところだし。でも、何年も何年も抱えれば、百年経てば、それはただの「好きなものの一種」だ。
それなら抱えて、百年生きたい。
私は美 少年が大好きです!とても素敵な、世界を信じられるような星を抱えて、せーので2000年代に一緒に生まれてきてくれた奇跡みたいなキラキラした王子さまたちで、本当に本当に素敵な曲がたくさんあるんです!
それを私、何歳になっても胸を張って言いたい。こんな素敵な曲があってね、こんな素敵なアイドルがあってね、私すごく大好きで、今もすごく大切にして勇気を貰っているんだよ〜って。
私の宝物。大好きなもの。大切すぎて、永遠になるくらい丁寧に布にくるんで鍵をかけて保管したいけれど、綺麗に綴じたい気持ちもあるけれど、今もまだ心の大切なところに飾ってある。現在進行系の好きとして、私は彼らの光を、東京B少年のあどけないなすくんから、美 少年の柔らかく笑うようになったなすくんまで愛している。
初めてのMステのセリフメドレーで震えていた手も、初めてのオリジナル曲がこれなんてこの先の未来は光しかないと確信した冬も、このままもっとの優しい瞳、ゆうとくんの前で見せる嬉しそうすぎる笑顔、嵐の後ろで踊って本当に幸せそうだった表情も、先輩に頭を撫でられた時のくしゃりとした笑みも、泣きながら空を飛んで歌っていた千穐楽も、リズムをとって頷きながら丁寧に踊っていたダンスから真ん中でコンテンポラリーを担当するようになったダンスまで全部、大丈夫だからねと語りかけてくれた挨拶も、手紙みたいなブログも、学校を卒業した日の晴れやかな言葉と写真も、嬉しく買った日焼け止めも、クッションファンデも、夜の原宿で光っていた大きな広告も、幕間に食べたあたたかな蕎麦も、手拍子しながら野球の応援みたいに叫んだアンコールの掛け声も、マスカレードのコールも、ステッキを伸ばすために怪我をしていた指先も、夢みたいにキラキラ光ったメリーゴーランドのようにかわいいオリジナルペンライトの光の反射も、全部、全部を愛してる。
そして、今ここにいる、ACEesのなすくんも大好き。
それがね、なすくんの中に残ってる美 少年の頃の光が好きなだけなのか、あの頃の好きが大きすぎてその残りを今も燃やしてるだけなのか、大切すぎて分からなくなっちゃう時も正直あった。
でもね、星には何個名前があっても、何個物語があっても良くて、光ってる星そのものだけが答えで。
なすくんを見るたびに、今も私は星だと思う。眩しくて、愛しくて、当たり前みたいに目が探す。
筋トレにハマって身体つきが少し変わって、前とは違う、けど安心感のある大地みたいなダンスをするようになった、それを見るたびに心が躍る。
私の勝手な悲しみのフィルターで、頑張りすぎて必死に立っているような、全身に幕を張っているような、そんな風に勝手に見えて、まるで昔のなすくんに戻ったみたいだなんて勝手に思ったことも少しだけあった。
でも、たくさん考えて、足を止めずに泳ぎ続けて、そうしてまあるく柔らかく微笑むようになったなすくんを、私は知ってる。だからきっとなすくんは、何度でも新しく磨かれて、新しくシーグラスみたいにキラキラ光る。
アイドルって凄い。舞台に立ち続ける限り、何度でも生まれ変わって、何度でも新しい光を放つ。
きっといろんなことをたくさん考えて、悩んで、それでも前を向こうとするきみの頑張りが苦しいくらいに愛しくて、きみに笑顔でいてほしくて、きみに幸せでいてほしくて、美味しいものを食べて、きれいな景色を見て、楽しい時間を過ごしていてほしくて、そう思わずにいられないこの気持ちは、紛うことなく私の愛で。
信じたいな、と思う。頑張っているかっこいいなすくんが私たちに届けたいと思っているものを。
ねえきっと、いつかなすくんが頑張った先に拾った吉にね、見覚えのあるサインが書いてあるんだよ。それはね、美 少年やB少年の頃のなすくんかもしれないし、もしかしたらもっとずっと前の小さな頃のなすくんかもしれない。
なんにもなくなってない、なんて言うと綺麗事だけど、何もかもなくなったわけじゃない。ちゃんとちゃんと、繋がってるよ。なすくんの中に、私たちのなかに、ちゃんと残っているんだよ。だから大丈夫。だからずっとずっと、大丈夫。
私は来年もなすくんが大好きで、美 少年も大ファンです!
来年のその先まで、思い出も好きも苦しみも全部連れていく。全部連れて、いつか一番てっぺんでまたみんなと出会うのだ。
好きと苦しみも抱えて、いろんな名前と物語を一心に引き受けて光るこの星をいろんな好きの形のまま抱いて、そうして宇宙のスープを煮込ませるように、ただ愛して愛して生きていきたい。
だから来年も、また信じてついていくからね。
あったかくして、たくさん笑って、魂から光っていてね、美しいあなたでいてね。
私もそれを追いかけられる、真っ直ぐな背骨を持った人でいるから。
部屋はまだ風通しが良い。一度冬に襲われた私の完璧な春はまだ多分こない。
でも、それでも、目を開いて今日もなすくんを見ている。その角度は今日も、星を見上げることに似ている。
私のすきなひと
大事な、大事な、大事な人。お誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。
もう23歳。23歳だよ〜〜〜なすくんが20の扉を開いていくことに震えてしまっていた時から、あっという間に年月は巡っていきますね。
私は可愛くて大切ななすくんのことをいつも「あの子」や「大事な子」みたいに言うことが多いのだけれど、だんだんと「あの人」「大事な人」と打つことも増えてきた。そうやってきみはだんだんと私の中でも大人になっていく。あどけなくて可愛いあの頃のかけらを確かに内側に持ちながら、それでもハッとするほど凛々しくてまっすぐな瞳で気が付けばきみは笑っている。しっかりした大人の足で、私には見えない先まできちんと見つめて、人生を選んで、きみはここに立っている。だからきみの責任感には愛情があるって、今もそう思う。大切で、大好きで、ずっと愛しく思っている。
街を歩いて、ふと薬局に入れば、そこになすくんがいる。私は私の好きなものの話をわざわざ人に話すことがあんまりないのだけれど、街でふと目に入ったそんな時、好きが思わずこぼれたみたいに、私の口が自然に開く。
「このこ、私の好きなひと!」
その度に、自分で言いながら「そうだ、好きな人なんだ」ってなんだかくすぐったくなって、心の中に綺麗な鈴が転がるような気持ちになる。そう、私の好きな人。
私の好きな人は眩しい。私は好きな人からきらきらした光と、光りたいと願う力を貰った。
本当に強い人は魂から光るのだと、なすくんに出会って私は知った。もちろん人間なんだから強くいられない時だってあるだろう。でも私が見るなすくんはいつも強くあろうとしていた。その姿勢がもう強く眩しいことだった。固いと言われがちだった(それもちゃんと物事を考えられている柔軟性の証だと思う)なすくんが、人生を生きていく中でしっかりと色んなことを吸収して豊かな思考力を携えて、柔らかな視点を持った大人になっていったその道筋ごと、美しくて眩しいのだ。
その心にどんな恐怖があるか、その背中にどんな矢が刺さっているか、私は知らない。そして、物凄く当たり前だけれどなすくんは一般人の小さな星雲の一つでしかない私がどんな恐怖を抱えて日々を生きているか、どんな傷を日常で負うか知らない。それでも、それを分かっている上で、なすくんは「一緒に頑張ろう」って言ってくれる人なのだ。違う場所にいても、違う生活の上で違う苦労があっても、きっと「頑張る」って行為は根本は同じ色をもっていて、同じように「頑張れ」と祈る行為も同じ形をしていて、そうやって分かり合える真ん中の場所で出会うみたいに、なすくんは私たちに言葉をくれる。私も光りたいな。一緒に頑張って頑張って、胸を張ってまたあの星の海で待ち合わせしたいと、そう思える力をくれる。
そう、私の好きな人はやさしい。私は好きな人からやさしさと、やさしくなりたいと祈る心を貰った。
もちろん本当のことなんて何も知らないけれど、ファンを見つめる時のなすくんは、本当に本当に優しい顔をしている。それは紛うことない確かな本物で、私にとってはそれがすべてだ。
たとえばドラマとかで役柄をつけるなら、やっぱりなすくんはクールで、優等生で、硬質的なかっこよさを秘めた男の子にカテゴライズされる。でも、ステージの上からこちらを見つめて投げかけるなすくんはびっくりするくらい柔らかくてあたたかな目をしている。本当に、本当に本当に!やさしい笑い方をする。それが大好きで、そして周りからも同じような声を聞くので、その度にわかるわかるわかりますって頷いてしまう。なすくんは優しい。こんな風に表情や空気から優しい人になりたいなとなすくんを見るたびに思う。優しさらしい優しさを見せてあえて明け渡さなくても「この人は優しい」とすぐに伝わる、根本から滲む優しさ。とろけるような優しいまなざしを見て、私はこんな風に優しくありたいと心から思えるようになって、優しくあるにはどうしたらいいかを考え続けられるようになった。
私の好きな人は素敵だ。私は好きな人からたくさんの好きを貰った。
なんてとびきりの人を好きになったんだろうって、何度でも何度でも新鮮に驚く。今ある好きだけでもう一生取り出して眺めて楽しめるくらいなのに、ステージで出会うたびに新しい好きを連れてくる。出会った日から今まで、私はずっとなすくんを好きになり続けている。
そうして貰った好きは私の中に確かに溶けて、思い出に、活力に、原動力や思考回路に、そこかしこにきらめいて、私の人生を文字通り彩って一緒に歩んでくれているのだ。だから私は、この先何があってもずっとなすくんを好きなままで、ずっと一緒だと思える。重。だってもう溶けきりすぎて、自分の一部のようなものなのだ、この好きは。
なすくんを見た帰り道、いつも胸の真ん中があたたかくて、ここらへんに心はあるのかって気が付く。なすくんからの魔法のおすそわけ、星のきらきらのお土産ひとかけら。現場が終わって、どこに双眼鏡を構えたってなすくんが見つからない私の日常生活に帰っても、まだその心のきらきらは残っている。それを唯一の灯りにしてなんとか生きながら火を先細らせて次の現場まで食い繋ぐような、正直そんな時もあった。けれど、今はこれは燃料なのだと私は知っている。この灯を消費するだけに使いたくない、自分の力できちんと繋いで擦って薪を足して、ずっと綺麗に燃やし続けられる人になりたい。だから自分の今立ってる世界をちゃんと生きたい。依存したら怖いからとか無くなっても生きていけるようにとかそういうことじゃなく、貰ったものが大切だからこそそれを大切に抱えられる自分でいたいと、なすくんに出会ってから私は思えるようになった。
私の好きな人は、すごい人。
別にこれは誰かと比べてとか優劣の話をしているのではなく、私の世界のとびきりの宝物の話をただしている。なすくんは強くて、やさしくて、あたたかくて、眩しい。閃光のようにもひだまりのようにもなる人。星にも月にも太陽にも思える人。光がさすたびに形を変えて、色々な眩しさを教えてくれる、そしてそのどれもが美しさなのだと教えてくれる人。
出会えて嬉しい。結局それに集結する。
なすくんが生まれてきてくれてよかった!なすくんのご両親やそのまたご両親が、日本が、地球が、長く長く繋がって、偶然が重なって、奇跡みたいにこの時代に生まれてきてくれてよかった。そう思うと、「ありがとう」と言いたくなる存在がどんどん増えて、大きくなっていく。
なすくんに出会えてよかった。出会えた私でよかった。こんなかっこいいひと、人生の他のタイミング、今よりもっと後にだってきっと好きになったかもしれないけれど、それでもその時にはこんなに好きになるには忙しすぎたり、周りに気後れしたりしたかもしれない。なすくんを見つけられずに終わった世界線の私(?)もいたのかもしれない。あぶねー、本当によかった。出会えてよかった。スーパーウルトララッキーだ。そうなると「ありがとう」は、私の両親や友人、この人生に至るまでに選択してきたあらゆることにまで広がっていく。全部奇跡みたいにきらきら光って見えてくる。大げさ?そうなんです、そういう果てしなく世界が繋がっていくような気がしてしまう、そうして世界丸ごと「悪くないな」って大切になってしまうかもしれないほどのもの、それが愛なんです。
生まれてきてくれてありがとう。生きることを選び続けてくれてありがとう。アイドルを選んでくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。努力を教えてくれてありがとう。優しさをくれてありがとう。言葉をくれて、笑顔をくれて、思い出をくれてありがとう。
何度言っても足りないし、でもその全部があますことなくかき集められて、全部全部なすくんのところに光になって降り注いでほしい。そう祈るほどになすくんが好き。光のとこにいてほしい。いられるよ、大丈夫だよ。光の国に生まれたなすくんの道には、後ろにも先にも光しかないよ。
相変わらず何の話?って話をしますけれども、もしもね、私の命が終わりを迎えて、神さまに「あなたは人生でどんな良いものを見つけられましたか?」と審判のように聞かれたら(?)、私は家族や友人、大切な存在をひとつひとつあげながら、高らかになすくんを好きになったことを誇りたい。
このこ、私のすきなひと!
こんなとびきりの人を好きになった人生が、ハッピーエンドじゃなかったら解釈違いだ。私は私の選んだ星を抱えて、これからも人生を泳ぎ続けてみせる。
だからなすくんも、ありったけ幸せでいてほしい。美味しいものをたくさん食べて、あたたかくしてたくさん眠れて、柔らかで綺麗なものに囲まれて、たくさん夢を見て、それが全部叶って欲しい。元気でいてほしい。そんな未来が続いていきますように。
最上級のとびきりのひと、今年も光の一年になりますように!信じてついていくからね。
星座にしたいよ
「信じてついてきて!」
小さなカードの裏に書かれた小さなメッセージ。数年前の私はまだ好きになりたての新鮮な心地でそれを抱きしめて、信じたいなあと湧き出るように思った。まだ信じるには私はこの子のことを知らなくて、だからこそ飢えのように知りたいと吸収していく、いわば新規の一番たのしいところを味わいながら、何もかもわからないけど信じたいと思った。なにもかも不確かなのに、でも不確かなのにそう思えることこそが何より確かに思えて、なんだか勝手に嬉しくなった。
私の心の中に新しく用意された、まだふかふかで新しい、なすくんのための椅子がそこにあった。
年末ですね。早いねえ。いかがお過ごしですか?
なんて言葉にしなくても分かる。私たちは今かなしい共感の糸でつながっている。怖いね。怖くて、悲しくて、切なくて、苛々して、虚しくて、やるせない。
初めてなすくんが紅白に出た日。テレビにかじりついてそれでもすぐに見つけ出した、小さくて白い光。カウコンの眩さ。深夜まで起きてCDTVを夢みたいに待っていた。優劣ではなく私の中の世界の話で、こういうたくさんの中から美 少年を、なすくんを見つけ出すたびに、「ああこの人だ!」と天命のような光が胸を刺す。いちばん光ってる、自然に目が探して、ひときわ眩く飛び込んできて、「他に誰がいる」と答えみたいにすとんと思う。他に誰がいる。こんなに眩しくて、こんなに胸を刺す星が、他に誰がいる!
そんな年末が、確かにあった。
なんて言ったけれど、今年もなすくんはめまぐるしく光っていた。そのめまぐるしさが、「なのになんで」に繋がって虚しくなるほど、でも彼の努力や仕事やきらめきに虚しさなんてひとかけらもなく、あらゆるところになすくんはいた。光みたいなアクトワン。今聞くと泣いちゃうけどあの曲本当に好きだったな。宝物の誕生日。なすくんの誕生日は帝国演目の白い光が似合う。アリツア、ソロが本当にかっこよくて、わたしのシャツが大好きで、オレンジキスの踊り方が大好きで、 龍我くんのソロを見つめるやさしいまなざしも、着ぐるみの歩き方があんまりにも愛おしいことも、全部が宝物だった。初めてのアリーナの時、光が弾けてコズメロのイントロが鳴った時、「この日のために好きでいたのかな」なんて本気で思った、あの時も、もっと前の日々も、全部が繋がって、私は今この扉の前にいる。サマステもあんまりにも思い出がぐるぐる回って、なんていうか本当に走馬灯のようだった。
私、今の状況があったって何度でも、やっぱりこの青い扉を選んでなすくんを見つけ出したい。そんなことを本気で思った。信じたいなあ、と思うことと、それは形が一緒の祈りだった。
トンカツロックももちろんもう良くて良くてなんていうかサブちゃんと結婚したすぎて毎日メロメロだったのだけれど、長くなりすぎるので一度置いておきます。
何度も何度も書いているように、私はなすくんを好きになった時、最初に心の底でさよならの準備をした。
だってあの頃、ちょっと今と世界が違った。なすくんは推されていたので明日には、とまでは正直思っていなかったけれど、でも明日幕が開いたら急になすくんがいなくなっていてもおかしくなかった。急にいなくて、名前が消えて、唐突にさよならがくる。それをよく、知っていた。だってジュニアだから。『デビューしていないから』。
オタク人生、重ねてくると傷や痛みへの予防線が強くなる。今ジュニアを、それもこんなに若い男の子を、大人になってから好きになっていいのか?まあ愚問だった。だって目が追っていて、幕が開いたら私の手は双眼鏡を持ち上げたから、それが簡単な答えだった。すっかり好きになっていた。だってだって目の前の、この眩しい男の子たちには春風みたいな未来の空気しかなかった!信じすぎてはいけないと百回思ってもまた信じたいと思えるような、そんな男の子たちだった。鮮烈な光、それでいて、一緒に歩めば歩むほど、昔の自分ごと受け止められて救われていくような気さえしたから不思議だった。
そうして、結果、賭けは大成功だった。人生何回やり直したってまた好きになるだろう、それくらい、眩しいものをたくさん見た。こんな子たちが報われる世界がいいと、祈るように何度も思って、勝手に自分ごと報われていった。
今も、そう。今もです。
私の心には天秤があり、今悲しみや苦しみや不安がじわじわと首を絞めるように乗せられていくけれど、反対側には強固な思い出が、貰ったものが乗っている。「なんで今になって?」と何度も思った。でも、同じくらい、せめて今でよかったとも思った。貰った思い出が、幸福が、信頼が大きすぎて、ちょっとやそっとじゃ傾きそうにないから。もちろん、だからこそ悲しくなる、って比例もあるんですけどね。
私は考えていなかった。ある日突然「その日」がくることは何度も想像したけど、まさかこんな、余命を告げられるようなじわじわと真綿のように長い時間を用意されるとは思ってなかった。こんなさよならは私の予想にはなかったのだ。もちろん、決まってないです。何にも知らない。なんにもわからない。だから苦しい。こんな状況になることは想像していなかった。こんな嫌な準備期間を用意されて、不安な雲はもくもくと部屋の空気を澱ませ、それでも私は、私たちは、できるだけ宝物を綺麗にしまう用意をきっとしている。それはなぜか?大事だから。せめてこんなに光っていた、幸せだった、確かだった眩さを、「終わって残念だったもの」なんかにしたくないから。それくらいたしかにうつくしいものを、私たちは貰ったから、それを誰にも否定させたくないから。あの時、あんなに幸せだった!それは最後まで続かなきゃ、なかったことになってしまうのかな。そんなのは嫌だった。あんなに、あんなに眩しくて幸福な光を、誰にも否定させるものか!そんな意地にも似た何かで、最後まで続かなきゃおしまいなら、それなら私がこの幸せを掻き抱いて、最後まで持っていかせてみせるとそう思った。
冬のダイヤモンドって、星座がある。いや星座とは言わないのかな。夏の大三角形みたいな感じ。
冬の有名な星座の一等星を6つ結ぶと、ダイヤモンドの形になるのだ。
私は星が好きなくせに星座を結ぶのが苦手で、でも学生の時に覚えたそれだけは、覚えられたことが嬉しくて何度も得意げに夜空に指をさして結んだ。
星って、遠い。当たり前だけど。「星の光はむかしの光」。私は好きなものをすぐに星に例えてしまうから、だから過去になってしまったのかなって、そんなよくわからないことを考えて苦しくなったことも今年あった。
同じように、星座も遠い。星座なんてひとくくりにされていても一つ一つは実際果てしなく遠い距離にある。そうしてそれぞれの星座に、それぞれのばらばらの物語がある。不思議だよね。これがこいぬ?これがぎょしゃ?ばらばらの星たちを、見えるような見えないような形に結んで、物語は作られた。 冬のダイヤモンドは、その遠いそれぞれの星座をさらに結んでできている。こんな広大な星々から、誰が?
人の手。地上から、空を見上げた数多の人間。人の指が指し示して、見つめて、結んで、星座を作った。私がコンサート会場のペンライトの海が星に見えるのは、もちろん光っていることが大きいけれど、指し示すという行為が、まるで天に指さすようだから。
冬のダイヤモンドであればいいな、と、11月、私は思った。それぞれ違う物語を、人生を抱いて、それぞれ遠い距離で光って、でも指し示せば実は大きな大きな、ダイヤモンドになっていたら良い。強く繋がれていて欲しいとか離れないでというよりは、そういう宇宙規模の大きな目で見た時に、実はつながっているんだよって、そうだったらいいなって、ぼんやり思った。 私の好きなものたちは、離れてしまった。離れてしまったけど、でも、星座は結ばれたまま、別の星座を描いていく。消えてなくなったわけじゃない。そして、星座を知っている人だけが夜空からそれを見つけ出せるように、あの光を浴びて愛して知ってきた私たちの指だけが、そっと星座を辿れるのだ。私たちはそういう指を持っている。魔法みたいに誇らしい、そういう真っ直ぐな指を貰ったのだ。数多のアイドルが輝くこのうつくしい世界から、私たちはきらきらとしたダイヤモンドをたどれる指を持っている。
「同じ星を見つめたことがあるものはみんな見えない6本目の指でつながっている」
好きな本に出てくる概念。だから、本当にもう「誰ですか!?あなた!?知らない人ですけど!?」ってくらい主語が大きくて申し訳ないけれど、私は今も、彼らを見つめて愛したみんなと、後ろ手で6本目の指をやわらかく繋いでいるようなそんな気がしているのだ。
私の日記は本当に支離滅裂な私のためだけの思考整理だけれど、私はそう思いながら今日見えないみんなに囁きかけている。
こんにちは、彼らを愛している私たち、元気ですか。苦しいね、怖いね、さみしいね。寝られていますか?ごはんは美味しく食べられてる?美 少年って本当にご飯を食べるから、それを見ているだけでなんだかこっちまで食欲が湧いてきてしまうような、そんな光だよね。あんなに綺麗な顔をしているのに、力だって強くて、そういう生きる力が漲っているところが可愛いよね。6人が肩を組んで歌いながら揺れて笑っているのを見るだけで、こんな世界なら生きていて大丈夫だ!なんてことを思えてしまうんだよね。だから、怖いね。怖いくらい、好きだね。良かったよね、6人とも。本当に物凄く良かった。どんな衣装も眩くて、曲は私たちが「そう、これが、こんなアイドルが見たかったの!」と心から思うきらめき揃い。本心なんてわからなくても目にうつる彼らは優しくて、優しく人を勇気づけられる星でいようと努力していることがわかって、それだけで信じるに値する、そんな星なのだ。私たちの見つけた宝石。私は辛い出勤の朝、何度もなすくんの言葉や姿に救われてきました。そうでしたか?通学路の寒い冬の朝、ざわざわとした人並み、誰もいない夜中、うんざりとする飲み会、選択を迫られるライフステージ、誰かといること、誰もいないこと、それぞれの苦しみの中で、光る彼らにぴんと光る背骨をもらった?それは過去のこと、もしかしたらグループも過去形になるかもしれない、でも、愛おしいと思う心は過去のもの?
私は今もここにあります。現在進行形で、未来になっても失くならないもの。出会えて嬉しい、嬉しい、嬉しい!見つけられて、嬉しい。だから悲しくて、でもだから大切。
なんて文体にすると押し付けがましくてだめだな。分かち合うことと押し付けること、紙一重だから難しい。どんな感情もその人だけの自由で、星座で、そんなばらばらの好きが光るから、あの場所が好きなのだ。
信じたいなあ、と何度も思った。
なすくんを好きでいる時間の中で、そういえば私は、「信じなきゃ」と思ったことは一度もなかった。どんなことがあっても、「信じたい」だけが胸にあった(まあ、何度も言うようにオタクなんて義務感になったらおしまいなので「信じなきゃ」になったらそっと距離をとる時なんだけれども)。
ずっと、私にとって信じられる人だった。それってすごい。本当にすごいことだ。すごい人を好きになってしまった。
「信じられるものがある、あなたとわたし」
この秋、いろんな人がサンタフェに私たちの描いていた理想郷を重ねて泣いてしまったのと同じくらい、定期的にこの歌詞を思い出す。
私はなすくんを信じられる。そして、なすくんを好きになって出会った友だちと美 少年の話をするときも、私とその子の真ん中に今「信じられるもの」があると感じる。なすくんと私の間にも、私には信じられるものがある。
信じたいな。
信じることって、思ったよりさみしいことじゃないって、なすくんを好きになって知った。それが踏み躙られる日がきたり、私がバランスを間違えて勝手に幻滅してしまう日がきたりしても、信じたいものに出会えたことが、そういうものを信じたいと思える私でいられたことが、私にとって大きな宝物になる。
未来の私も、きっと思う。あんなに信じられていた私は、なんて綺麗な花を抱いて生きられていたんだろう。
だから、信じてついていく。
その先がね、どうであろうと、終わりがどうなろうと、私は信じたいものを信じて、生きた。そう言い切りたいから。いやそりゃ本当は、綺麗が良いよ。こんなにやさしい光の行く末が、ハッピーエンド以外であって良いはずがないよ。だからそれごと、今は信じる。
なんてぐだぐだ言ったって結局思考の井戸を掘り出せば底にあるのはたったひとつだ。なすくんが好き。今も何一つ色褪せず、困っちゃうほど大好きで大切で、なすくんのことが宝物だ。
今も私の心に、なすくんのための椅子がある。柔らかくてあたたかい、とっておきの椅子。
今年もとってもなすくんが好きだった!明日もなすくんのことが好きなので、きっと来年もなすくんのことが好きです。
なすくんがあったかい光のとこにいますように。たくさん笑って、泣きたい時にたくさん泣けて、やりたいことがやれて、美味しいものを食べて、生きていることに春風が通るみたいな清々しさを感じられる、そんな一年で少しでもありますように!
今日は故/谷川さんの、大好きな「たましいのいちばん美味しいところ」という詩で締めたいと思います。
神様が大地と水と太陽をくれた
大地と水と太陽がりんごの木をくれた
りんごの木が真っ赤なりんごの実をくれた
そのりんごをあなたが私にくれた
やわらかいふたつのてのひらに包んで
まるで世界の初まりのような
朝の光といっしょに
何ひとつ言葉はなくとも
あなたは私に今日をくれた
失われることのない時をくれた
りんごを実らせた人々のほほえみと歌をくれた
もしかすると悲しみも
私たちの上にひろがる青空にひそむ
あのあてどないものに逆らって
そうしてあなたは自分でも気づかずに
あなたの魂のいちばんおいしいところを
私にくれた
ねえなすくん、アイドルとしての魂の、いちばんきれいなところをくれてありがとう。消えてない、なくならない。今もここにある。
光のとこはぜんぶきみのとこ
大切な大切な、いっとう大事な星のひと!お誕生日おめでとうございます。
なすくんがこの世に生まれて(0歳もいれたら)23回目のお祝いの日になるし、アイドルなすゆうとくん8回目のお誕生日で、私はこうしてブログを書くのがもう7回目になる。すごい、すごいねえ。20歳になるなんて!と震えていた時から、もう2年経つんだね。時の流れってすごい。その間になすくんは雑誌やテレビはもちろん、グループでの単独コンサートも単独舞台も、たくさんの思い出をくれた。
この1年間をまとめると、「光のとこにいてね」に尽きる。それは私が読んだ同名の本のタイトルが大好きでそれの影響が大きいのだけれど、とにかくその言葉の響きを聞いた時にああ私の好きは全部これだ!とすとんときたのだ。ただただ光のところにいてほしい。この7年間、私は突然その光が分散したり見えなくなったりする日を恐れたり、光の一部でいたくて懸命にライトを降ったり、かと思えばあまりに眩しくてやさしい光を浴びすぎてくらくらしたり、その光のようになりたくてなれなくて勝手に胸を焦がしたり、でもやっぱりお守りにして抱いて生活を生き続けたりしてきた。
そして、今はただ、光のところにいてねと思い続けている。
冬に、大事な友だちが小さな頃から大切に大切にしている映画のジオラマが展示されていて、それを一緒に見に行った時。大きな大きなそのジオラマから溢れる柔らかな灯りを見て、その子が「だって、この光、全部味方なんだよ」と呟いた。その言葉が忘れられなくて、胸の中にしまわれたまま、たまにふと心から顔を出す。
「だって、この光、全部味方なんだよ」
それを私はよく知っていた。世界というのは自由で千差万別なものだから、少し顔を上げると色んな声が聞こえてくる。何か知ってるからこそ高く声を上げる人、何も知らないのに面白そうにいじくり回す人、よくわからないままイメージを語る人。多分、今年はね、おんなじ事務所に大切な人がいる人たちはみんなそうだったでしょう。ネットの海はもちろん、普通の人からもふいに無意識のナイフが飛んでくる。心に盾を張っても張っても足りなくなる。でも、コンサートに足を運べば、「好き」だけでできたその場所で色とりどりの光が、白いペンライトが、青い灯りがともる。会場が大きければ大きいほど星の海のようになるその光を見渡しながら、確かに私は思う。この光は全部味方。大丈夫、全部味方だ。そしてそれを綺麗だと見惚れる私は、それが本物だってちゃんとわかる。
もちろんね、前にブログで少し書いた通り、本当はそのペンライト一本一本に、本当にいろんな思いが埋まっているのを私は知ってるんです。その中には嫌悪や嫉妬だってあれば、寂しさや呆れだってあるんだろう。でも、光れば全部星になる。
自分でこの場所に来ることを選んで、労力をかけてチケットを取って、会いに行こうと足を動かして、自分の手でペンライトを持つこの場所は、ネットや世間の『外』とは明らかに違うのだ。ここはそういう場所。たくさん頑張ってきてくれたアイドルと、たくさん頑張ってきた私たちが、囲まれた『中』で出会う場所。祝祭のような、守られたお城のような、特別な場所。お互いの背中にきっと受けてきた矢が刺さっている、擦り傷もついている、明日への不安が心の奥底で息を潜めて噛み付く時を待っている、それでも、今ここには味方しかいないのだ。大好きなアイドルが光を振り撒くのを見て、私はああ、私の味方だと思う。私の周りにいる知らない人たちがあげる歓声を見て、私は勝手に、それも私の味方だと思う(もちろん、好きな人が同じだったら、ファンサや恋愛感情から見たら敵同士なことだってある。好きな人やグループが違っても、対立のために敵にもなる。でも、もっと大きな大きな目で見ればやっぱり私たちはここにいる時点でひとしく味方なのだと今年は特に深く思った一年だった)。
なすくんを好きになってから、勝手に周りの声や空気によって不安になった時、それでも結局現場でこの目で見た光やそれを見て抱いた自分の感覚だけが本物だと何度も改めて確信して救われてきた。だから私はいつも、回数が正義とか行けない人はファンじゃないとかそういう意味ではまったくなく違う意味で「現場だけが答え」とよく思う。「ぜんぶ味方だ」って思った今年も、結局同じことなのかも。光があるって、味方がいるって、私にとってはこれが本当だって、その場所に行けばちゃんとわかる。答えはそこにある。
だから、だからね、アイドルの方にも、なすくんにも、そう思ってもらえたら嬉しいなと思う。この光ぜんぶ、ぜんぶ君の味方なんだよ。すごい、すごいよね。こんなにすごいのはなすくんがすごいからなんだよ。ペンライトだけじゃない、ステージからきみを照らす照明の光、きみは照らすに値すると理解してそれを動かす人、キラキラ輝くきみの衣装を作った人、きらめく小さなボタンのひとつひとつ、きみが立つ頑丈なセットを組んだ人、スケジュールを組んだ人、それらを反射させる太陽からできた空気の光、もっともっと広く言えばそれを作った宇宙まで、全部きみの味方。そして何より、きみの心の奥から湧き上がる、きみ自身が努力で作り上げた光。ペンライトはそれの反射のようなもの。それが全部きみの味方。偶然や奇跡にも思える、でもちゃんと意思によって選ばれている光。
大事なフォロワーと行ったカフェで、蓄光の石を「星のかけら」として貰った時に、光らせれば光らせるほどそのあと暗闇でもほわりと光るその石を見て、「なすくんみたいだね」という話をした。なすくんは蓄光の人。努力で光を蓄えて、なすくんは光っている。私たちはなすくんの光を浴びてたくさん生活を頑張る力をもらえるし、会場を出た後も胸にまだ光が蓄えられてちゃんと残っているのがわかる。そして、私たちの振るペンライトの、ステージの光を浴びれば浴びるほど、なすくんはそれを吸い込んでますます一番光っていく。暗闇になっても、その光は消えない。もしも頑張れない時があっても、真っ暗に思える日があっても、ちゃんと蓄えていた光がいつだって光ってる、過去に積み重ねた光が、いつまでもいつまでも今と未来のなすくんを守る。それを分かっていてくれたら嬉しいななんて、勝手なことを考えるのだ。
だから、光は全部味方だし、なすくんはいつも光のところにいる。それってね、なすくんを好きでいる私も、いつも光のところにいられてるのと同じなんです。すごいね、すごいねえ。何回苦しくなったり、勝手に焦ったり虚しくなったりしても、やっぱり私は思います。アイドルを好きになるって、素敵なことだねえ。アイドルってすごいね。好きになれて嬉しいね。アイドルを好きになるって、なんて、なんて、幸せなことなんでしょう!
この光に出会えたこと、この光を抱いてこれからもずっと歩いていくこと、それがもう出会えた意味なんだって思えるんです。いつか終わることは、この時間を「何もなかった」ことにはしない。光がずっと続いてくれたらそりゃあもうそんなに嬉しいことはないし一番の願いだけれど、でも、光が終わることは、私の中にある貰った光が消えることとはイコールじゃないのだ。
ひとときを駆け抜けて、抱いた眩しさを希望にしたこと、それが出会った意味になる。
光のところにいてほしい。そしてそれは暗闇からじっと願うことじゃない。私も光のところにいるのだ。私にもいつも、柔らかな光が差してる。それをこの7年、いつもなすくんが教えてくれた。私も光のところにいたいから、自分の足で歩くのだ。それが今はちゃんとわかる。たとえばそうして生活が忙しくなる度、なすくんのいる場所と私の光のところは、段々ずれていって遠くなっていくのかもしれない(最初から近くないよ同じ世界じゃないよなんてことはわかってますが)、でも光のところは全部なすくんのところだから、結局二つは柔らかく繋がる。それもちゃんと今はわかる。だから、ただ、願うだけ。
お誕生日おめでとう。いっぱいいっぱいおめでとう、たくさんたくさんありがとう。光のところにいてね。ずっといてね。
生きていく内にいろんな綺麗な光を見てきたけれど、どんな自然の光や技術の眩さに見惚れても、世界中の全部の光をかき集めても敵わないくらい、なすくんが一番キラキラして見える。私の世界で一番綺麗な光をちゃんと見つけられたから、今日も明日も私は大丈夫。なすくんも大丈夫。大丈夫、大丈夫。この光全部きみの味方、光のとこは全部きみのとこ。
だからあの輝く場所で、ステージの上と下でまた会おうね。またね。光のところにいてね。
38万キロ越えたっていい
今年ももう終わるわけです。早い、早いねえ。歳を重ねるほど時が経つのが早くなるのは、やっぱり生きて重ねた母数が大きくなるからなんだろうか。比例して、なすくんと過ごす時間もどんどん早く過ぎていきますね。
なかなか表に浮上するタイミングがなくなってしまったんですが元気に生きてます。
2023年のなすくんさ、
顔が良かったよね……
なんかなすくんって最初からめっちゃ完成した顔をしていたじゃないですか。こんなこと書きたくもないけど多分同じ時代を生きてきた同担さんなら何度も何度も「あの頃がピーク」とかセンスない言葉を見かけてしまったことがきっと何度かあるくらい、なすくんは始めからかっこいい男の子だった。あまりに始まりが鮮烈な輝きだったから、私はそんな意見を聞くたびにぐぬ…あれが眩しかったのは知ってるしわかってるけど、でも私はいつだって今が一番好きだし…今がピークだし…ふん…ってなっていたんですけど、でもさ、今年はあまりにかっこよくて「いえ〜い!ピークとか言ってた人たち、見てる〜!?!?」って言わないけど大声で全世界に言いたくなるくらい本当に格好良かった(ごめん)。
もう何年もなすくんを見ているのに、新鮮に「えっ、なにこのかっこいい男の子……」ってびっくりしてしまうくらい2023年のなすくんはかっこよくて綺麗で、髪の毛に反射する光は天使が宿っているようで、瞳は深く貫くようで、私が芸術家だったらその場で生涯を捧げていただろうくらいうつくしかった。内側から発光していた。ほんと、かっこ かっこよいんだよ〜〜留まらないかっこよさ。まだ上があったんですか!?になる。なんか今年好きになった人みたいな今更な話してないですか?って文字打ちながら私も思ってるけど、今年好きになった人状態になって打ちのめされちゃうくらいかっこいいのって凄いと思う。
空気の全てが似合うwhite loveから始まった一年、イントロの柔らかさと光が溢れ出したテレビ画面を見て、私はこの一年の幸福を約束されたような気持ちになった。
帝劇、にこにこしてて本当に可愛かったな〜やっぱり私は冬の帝劇が大好き。舞台になると特に唇がぷるぷるになるなすくんが大好き。二階席の方を見上げる時に、瞳に綺麗に星が光るあの角度が大好き。会えなかったお誕生日だって、ちゃんとファンに優しい贈り物をくれて嬉しかった。
愛しい愛しいアリツア。オープニングから「デビューしたっけ?」ってくらい眩しくて愛しくて。美 少年さんの作る世界、やっぱり大好きだな〜って愛しくなった。台風ジェネレーション、本当によかったよね……あとブンシャカ、あれによって私たちはもう「あのブンシャカじゃないと満足できない身体」にされてしまったよね……6人が頑張ろうとしてるのがこんなにも空気で伝わってくるの、すごかったな〜上手さとか激しさだけじゃない、あの気迫のような空気に私は圧倒されてしまった。私の好きになった星、すごすぎ…?の気持ちが湧き上がってきた。円盤待ってます。
夏のドラマ。繋いでくれてありがとう、の宝物。いつも夏は宝物みたいな夏。なすくんの涙、本当に本当によかった。苦しくなるくらい巻き戻して何度も観た。舞台の上でふいに溢れたそういう涙じゃなくて、演技として物語の中で泣くなすくんが愛しくて、リアルなのにでも全部が綺麗で、あれだけで映画が作れそうなくらいに光っていて、凄いなあってまたこの子のことを好きになった。EX、いわゆる「お客さんを呼べるスペシャルゲスト」のような立ち位置になすくんがなったのも積み重ねた時間を感じてしみじみしちゃった。もう初々しくてひよこみたいでかわいい男の子たちじゃなくて、誰かの夢の先に憧れられるような、頼れる素敵な先輩なんだよね。素敵だね。
少年たちも、理由付けが今までで一番わたしは美の優しさにしっくりくる設定でとっても好きだったな。なわとびの跳躍力低くてかわいかった。
ああそうラヴィット!幸せだったな、とびきりのご褒美を与えられたみたいな時間。嬉しくてかっこよくて、最高だった。24時間テレビも、過去の思い出とともに感慨深くて特別な心地だった。テレビも、雑誌も、たくさんありがとう。ブログも動画も、tiktokもありがとう〜
来年はどんな年末を迎えているんだろうって、去年の今頃も考えていて、やっぱり予想していた通り、考えてもなかったことばかり起こった。きっと来年もそう。色んなことがあったね。ファンも、世界も、傷ついてしまった人がたくさんいたね。でも、年末の今まとめるとね、私はなすくんのことが1年間ずっと大好きだった。振り返ると愛しかないのよ、不思議だね。
唐突だけど月ってね、1年に3.8cmずつ私たち地球から遠ざかってるんですって。本当はたくさんの隕石があたって傷だらけかもしれない裏側を隠して、いつだって同じ面を見せて、柔らかな光を反射させてくれている月は、少しずつ遠ざかる。
知っての通り私はなすくんのことを月や星や宇宙そのもののように感じているやばいオタクなので、今年はよくそんなことを考えていた。
3.8cm。そのくらいの距離に、かつてなすくんは確かにいたことがある。触れられる距離に立って、手を伸ばせばその手を合わせてくれるような、そんな距離にいたことがある。湾岸やクリエは気が付けば終わり、EXシアターは横浜アリーナになった。今だって運が良ければすぐ横の通路を通過することだってもちろんあるのは知ってるけれど(香水をつけてきてくれるなすくんは世界一すてきでかわいいひとだよ)、でもやっぱり、そうやってなすくんも、段々と遠くなる。もう何度も行ったことのあるはずのドームの会場に改めて美担として足を踏み入れた時、その大きさに私はくらくらした。この人はこれからここに立つ。そしていつか絶対にグループ単独でここを埋める。少しずつ、少しずつ遠くなっていく。
大きな人になっていくほど、見つめる視界に入る姿は小さくなる。当たり前のような矛盾のような不思議なこの事実を抱えながら生きること、昔の私だったら、やっぱり正直さみしかったと思う。寂しいというか、怖いが近いかも。なにが怖いんだよと言われたら上手く言えないけど、遠くなってしまうのが怖かった。
でも、少しずつ確実に遠ざかるなすくんを実際に目の当たりにすると、小さくはなったけど、それはただの距離の問題で、むしろ日常のそこかしこ、生活の身近にあの子はいた。テレビの中に、ふと寄った薬局の化粧品コーナーに、人との会話の中に、そして私の心にも、前よりもすごくなすくんが生活に溶け込んでいる。なんかもうここまでくると私にとってなすくんって自担♡というより人生を頑張るための共闘者のような存在に勝手になっていて、なすくんが頑張っている姿を見ながら「がんばれ!!」って大きな声で思って応援しているのは変わらない事実だけどそれ以上に「私も頑張るね」って静かに誓いたくなるような、そういう存在、そういう好きに気が付けばなっていた。すごい、すごいな。これはね、なすくんが素敵だからだよ。人に何かを与えられる人。それはなすくんの努力が奥深くて、なすくんが豊かな人だから。
色んなことがあった時、それでも私は私の思い出やなすくんに貰ったものをそっと覗いてみたら、そこにはびっくりするくらい愛しかなかった。多分ね、多分だけどね、もっと早かったらだめだった。もっと遅くても、逆に遠ざかりすぎてダメだったりしたのかも。でもとにもかくにも今の私が思い返すものは愛しかなかった。私の知ってるものはなんにも嘘じゃなくて、全部紛うことないただの愛だった。
落胆に簡単に天秤が傾くには、反対側に愛や救いや貰ったものや時間が乗りすぎていた。これをね、強がりや盲目じゃなくて、私は信頼と呼ぶんです。私は私の好きを、見つめた時間を、なすくんのことを信じていて、ただただなすくんが好きだった。大好きよりもずっと好き。
3.8cmどころか、きっと物凄い速さでなすくんは遠ざかっていく。私はそれをファンとして追いかけながら、でも自分の速度で、自分の道を歩いている。私たちはそれぞれ柔らかく遠ざかっていく。そうして今、気が付けば私となすくんの間にあるちょうどいい距離。確かに前より遠い。確かに前より、見えないところも増えた気がする。でも、これは時間と思い出と心の積み重ねでできた、一番ちょうどいい愛しい距離だった。ちょうどいい引力でくるくると回ってたい。たくさんたくさん、歩いてきたね。遠ざかることは離別じゃないのだ。それを私は、この子と会って初めて知った。
崩れることも転がり落ちることもなく、ちょうど良い引力で引き合って、支えられて、私は今日も人生を2本の足でちゃんと立てている。だから、遠くなることはもう私にとって怖いことではない。
同じ時期に好きになった大切な友だちと「遠くで光ってるのを見るのが今は一番いとしい」の話を今年していた。本当にそうだ、そうなんだよって、心にすとんと綺麗にはまった。
遠くなるほどなすくんの光は強くなって、広く広く照らしてくれるようになる。だから、見上げた時に「遠くて小さくなっちゃったなあ」って思うんじゃなくて、見上げる度に私は「どこにいてもなすくんがいてくれる!」って思えるようになった。そして、遠い、私が見られないところで、私の知らない誰かがそのひだまりに救われるのだ。それは凄いこと。愛しくて、おおきくて、素敵なこと。
だから、遠く、遠くまで羽ばたいてほしい。いちばん大きな星になって、世界全部をだいじょうぶにしちゃってほしい。誰かの放つ言葉の矢が、面白がって投げられる石が、小さくてささいなものになるくらい、大きな光であれば良い。それは全肯定で何もかも許されていてとか、すべてを無視して都合よくひた進めとか、そういうことじゃあないのだ。傷なんて、私がなにをどうしようとその裏側にとっくについてる。だから、それでも光ってくれるなら、どこまでもいってほしい。
大好きな人。かわいいひと。あんなにたくさん綺麗な星がある宇宙の中で、私が見つけて選んだ宝物。こんなことを言ってたって、引力が崩れて、勝手に苦しくなる日がまたくるかもしれないね。でもその時は私が私の心を整えて、またちょうどいい引力でいられる場所を探すだけだから、だからなすくんはどんどんその先へ行けば良い。遠く、大きく、光のとこにいてほしい。私もその光に負けないから、頑張って生きてみせるから。
2023年もたくさんたくさんありがとう。昨日も大好きだったし今日も大好きだし明日も大好きなので、きっと2024も何があったって愛の年になるんだろうと思います。
あったかく過ごしてね、寝られる時にゆっくり寝てね、美味しいものたくさん食べてたくさんたくさん笑っていてね。突き詰めると今年も来年もやっぱり願いはそれだけなんです。幸せでいてね、光のとこにいてね。世界中のすべての祝福に照らされて、スーパー幸せになっちゃおうね。
来年もまた会えるのを楽しみに待ってよう〜!
あ、円盤も待ってます。
星を撒く人
初めて高いタワーに登って街がつくる灯りを見た時、あの光が全部生きてるんだってびっくりしたのをまだ覚えている。人の命が消えたら星になるのかならないのか知らないけれど、確かに生きることは光ることなのだと思った。
初めてコンサートに行った時、暗くなった瞬間に一気に際立った色とりどりの光を見て、宇宙みたいだってびっくりしたのをまだ覚えている。その好きがどんな喜びや期待や少しの憎しみや嫉妬を抱えているのか私は知らないけれど、でも確かに好きは光るものなのだと知った。
スーパーキラキラアイドルを目指す星の男の子を好きになって、生まれてきてくれたことを心の底から愛しく喜ぶ、そんな誕生日を気が付けば何度も迎えている。20歳になった時、私自身は何も変わらないしあの子だって0時のその瞬間変わるわけでもないのに、何故だかそわそわしてたまらなかった。でも、20歳は大人の顔が急に差してくるのに、21歳と聞くとまだあどけない気がするからなんだか不思議ですよね。21歳。大人だけど子どもで、愛しくてかわいい。
過去もきちんと積み重なって、でもその先の未来にもなんだってどんな道だって残っているそんな21歳。
何度でも言うけれど私にとってのなすくんは星だ。ただの類友かもしれないですが私の周りもなすくんを星のように月のように思っている人が多いし、美 少年を、好きなアイドルのことを星座みたいに見上げている人が多い気がする。
なすくんは光る星のような男の子で、今だって眩しいのに、さらに一番大きく光ろうとしている強くてかっこいい男の子。
その星の燃料は生まれ持った輝きとか顔立ちとかはもちろんだけど、なすくんが必死で培った勉強、練習、犠牲(って言い方は本当に好きじゃないんだけれど)にした学生らしい遊びや家族との時間、そんなものを全部くべるように燃やしてなすくんは光っている。好きな作品に自分の全てを燃やしてでも何度でも生まれ変わって舞台に立ち続ける女の子の話があって、それを観るたびに私は私たちファンだって何だって燃料にして燃やしてくれて良いから光り続けてほしい、なんて勝手な望みをなすくんに対して抱き続けている。
色んなものを燃やして、なすくんは光る。綺麗な綺麗な青い炎は、この世界から見ると冷静沈着で賢く見える目に優しい柔らかな光で、宇宙から見れば青い星は熱い熱い色の証なんだからどれも本当になすくんにぴったりだなと思う。
思い出は、綺麗なものだけでできてない。
でも振り返れば全部キラキラして見えるのは、なすくんが道に星を撒いたからだ。
なすくんを見つめた帰り道、胸に炎の名残を感じて熱いくらいにほわほわとして帰るのは、なすくんが星を撒いたから。生きることは光ることだから、私たちは誰だって星を撒く人だけれど、なすくんは、美 少年は、世界中に星を撒ける人だ。
その時間その空間だけじゃなくて、会ってその笑顔を見た瞬間にもう、明日から一人ずつで生きる私たちの未来ごと星をかけてくれる人。何度へこたれてもあの時撒かれた星を頼りに、私たちは何度でも頑張って歩くことを選べる。生まれてきたことが怖くなくなる。
そしてこれも勝手な主観だけれど星を撒く人を好きになった私たちは、同じアイドルを好きになった人たちは、なんだかその星を大事に抱きとめるのが上手い人が多い気がする。みんなが彼らを、貰った星を、大事にしている。それがすごく素敵でなんだか安心できて大好きで、私はこうやってこの6人がつくる柔らかな世界が好きだなと何度でも思うし、本当に本当に偉そうだけれど今おなじような傷の中で星のない夜を歩く迷子のような人が、早く美 少年と出会うべくして出会う日がくるように勝手に祈っている。
と、なんかまた相変わらず抽象的な話ばかりしてしまいますがとりあえず今の私はとてもなすくんに会いたい。また会える日をわかっても、貰った星がまだ光ってても、会いたいものは会いたいのだ。会うって言う表現も人によっては違うのかもしれないけれど。
休演だと最初から分かっていた年は、仕方のないものだし前後全部誕生日!の気持ちでいた(?)
でも、会えるはずだったのに会えないと思うと、今年は今までで一番なすくんが恋しい気がするから不思議だった。不思議だよね。だってだってそもそもなすくんのこと知る前は、1月16日はただの平日だったのにね。それがこんなに特別な色をして、特になすくんをこの目に見たい日になるんだから不思議だ。不思議だし、すごい。一年の中でひときわ輝く大切な日をなすくんがくれたので、これもやっぱり星を撒くということなんだなと思う。365日の中で星のマークが貼られたような、いっとうぴかぴか光る1日。ちゃんとこの寂しさごと大事にしたいな、と思う。来年にはこの日のことを心の宝箱の中からごそごそとああそうそうこれこれ、この時の私はねって取り出して慈しみたいなと信じている。
綺麗になすくんのことを思う時も、ちょっと苦しく思う時も、ひとしく心が動いて光ってるからすごい。
何度でも言いたい。私の好きになったアイドルは、星みたいな男の子。21歳の、星を撒ける男の子。
月の光が強く当たると、そのあたりはむしろ仄暗くブルーグレイに見える時があるらしい。自分の手元が青白く感じても、本当は頭上にものすごい黄金色の光がさしていることを、私は忘れないようにしたい。そして勝手に、本当に勝手だけど、なすくんもどうか忘れないでほしいなと勝手に思う。自分の手の中が覚束なく思える時があっても、光がわからなくなっても、なすくんにはいつでも光が差している。青色は光の色。頭上に、足元に、振り返った先に、目の前に、手のひらの上や胸の中に、ずっとずっと光が満ちてる。なすくんが生きる世界には後ろにも前にも光しかないです、光の国に生まれているので。
自分を燃料にあんなに光ってくれる男の子が、こんなにたくさんの私たちに光を撒いてくれること、奇跡みたいに凄いことで、誰だってできることじゃない。ほんとにすごい。とっておきのとびきりの人だ。スーパーキラキラアイドルだ。
大人は強い。だから、足を力を経験を手に入れて素敵な大人になっていくなすくんはすっごく強い。でも、子どもの心も何より強い。だから、子どもの頃の夢を抱き続けて目指せるなすくんは何より強い。
スーパーキラキラアイドル、子どもの無垢さと強さと真理をきらめかせたようなその響きが本当に本当に大好きで、私たちとなすくんとみんなの間の魔法の合言葉みたいで、だから、その言葉を手に取っているなすくんは無敵だから、ずっとそれを剣に盾にして走り続けてほしい。
20歳も、元気で、笑って、ここにいてくれてありがとう。夢を選んで、光を見てくれてありがとう。出会わせてくれてありがとう。
こんなにも大事な宝物のこの星を守る力は私にはなくて、私は撒かれた星を抱きとめてただ生きることしかできないけれど、でも、それでも、その星が光ってること、唯一だってことをずっとこうやって叫び続けたい。
元気で、笑って、幸せでいてほしい。
こうやって想うことが宝物になって、会えなかったこの1日も星のように思えるのだから、やっぱり生きることも好きも光るんです。
光ってるから、うれしいね。
出会えてうれしい。光ってくれるのはなすくんの力で、見つけたのは私の偶然の運命のような力で、だから私は今日もこんなにも光る人を見つけられた私が自分で嬉しい。勝手に誇らしくて、幸せで、また今日も世界のことがちゃんと好きになる。なすくんに会えた大好きな世界だから私もまた頑張れて、頑張って仕事をしている時に、家に帰って灯りをつけたその時に、私が今いる光もどこか遠くのタワーから見たら星に見える。そうして星を撒く人になる。
そうやって、会いたいな〜って思いながら頑張って生きる毎日と、やっと会えた祝祭のような1日は繋がっている。今日この愛しい誕生日も、また来年の愛しい新しい日に繋がっている。苦しい好きも嬉しい好きも、いいもわるいも、好きは全部繋がってる。繋がりの中で星を撒きながら、そうして生きていくことを私はきっと愛って呼ぶのだ。
本当に本当におめでとう、たくさんたくさんありがとう!
なすくんが元気で幸せでいますように!